「それじゃ俺たちはアルタミラの中を見物してくるけど、リーガルはどうする?」 ロイドがリーガルを振り返って尋ねる。 「私は遠慮しておこう。ロイドたちだけで楽しんでくるといい」 リーガルは窓の外を見つめながら答える。 アルタミラの夜は明るく、人々の活気はここホテル・レザレノの最上階にまで伝わってくる。 「えー?せっかくだから案内してもらおうと思ったのになぁ」 「いや、しかし私は……」 「おおーっと!夜のアルタミラの事ならこのゼロス様に任せときな!」 食い下がるロイドの首に腕を回しながらゼロスがドン、と胸を叩く。 「特別に俺さまのスペシャルデートコースを教えてやるぜ。うまくすれば、コレットちゃんと良い雰囲気になるかもよぉ?」 「な!?お、俺は別にそんな!」 「いいからいいから!さ、そんな朴念仁なんかほっといて早く行こーぜ!」 ゼロスはそう言って、まだ何か言っているロイドをグイグイ引っ張って部屋を出て行った。 「すまない……神子……」 リーガルは他に誰もいなくなった部屋の中で一言、ゼロスの気遣いに礼を言う。 そして、自らの手枷に視線を落とす。 「アリシア……」 今日の昼までは確かに存在し、今は消失してしまった愛する者の名を呟く。 そう。 アリシアの意識と最後に言葉を交わし、永劫の呪縛から解き放つ為にエクスフィアを砕いて彼女の魂が潰えたのは、ほんの数時間前の事なのだ。 一言では言い表せない複雑な感情が胸を締め付け、リーガルほどの傑物でも自制しきれないほど心が乱される。 ともすれば、自分やプレセアの言葉を待たずエクスフィアを砕いたロイドへすら怒りを覚えてしまうほど。 無論、そんなものは八つ当たり以外の何物でもない。 わかっていても、噴き上がる感情を理性で抑制するのは容易ではない。 そのため彼は、一人の時間が欲しかったのだ。 事実を受け止め、気持ちを整理する時間が。 リーガルは手枷を外す。 今ひと時だけ、アリシアとの思い出に浸るため。 しかし、腕から離れても手枷は彼の心を戒め続ける。 「…………!」 外した手枷を見つめていたリーガルが、ハッとして顔を上げる。 部屋の片隅に何かの気配を感じたのだ。 「何者だ?」 静かだが鋭い口調で問うと、闇の一部がユラリと動く。 それは、プレセアだった。 一体いつの間に、どうやって忍び込んだのか? 今初めてリーガルにその存在を気付かれたプレセアは、ゆっくり彼へと近づく。 「……プレセア?一体どうしたのだ?」 すぐ目の前にまでやってきて、そのままボンヤリと立ち尽くしているプレセアに声をかけるリーガル。 「……リーガルさま……」 「プレ……セア……?」 プレセアの言葉に違和感を感じるリーガル。 彼女はリーガルにヒッシと抱きつく。 「ああ!こうしてリーガルさまにもう一度触れられるなんて……」 「……」 リーガルは動かない、いや動けない。 抱きつくプレセアに、何か奇妙な懐かしさを感じたからだ。 「リーガルさま……私です、アリシアです……」 どういう訳か、プレセアは自身をアリシアと名乗る。 「ア……リシア?」 「そうです……この体は姉さん……プレセアのものですが、中身は私……アリシアなんです」 「一体……何がどうなっているのだ……?」 「私にもわかりません……エクスフィアが砕かれた時、私の意識は間違いなく消えました。それが、気が付いたら姉さんの体に……」 プレセア、いやアリシアは自分の手の平を透かすように仰ぐ。 「何故……だ?」 「ただひとつだけ。心残りに思う事がありました、もしかしたらそのせいなのかもしれません」 「それは……?」 アリシアは、リーガルの背に回していた手を彼の頬に添える。 「私がこの世から無くなる前に、もう一度だけリーガルさまに抱かれたかった……」 「アリシア……」 リーガルはアリシアを強く抱き締め、唇を重ねる。 彼女もリーガルの首に腕を回し、彼の抱擁をしかと受けとめる。 しばらくの後、アリシアは自分から身を引く。 「……リーガルさま、ありがとうございます……」 「アリシア……」 「姉さんもありがとう……これでもう……」 リーガルが差し伸ばす手を、一歩引いてよけるアリシア。 「リーガルさま……愛しています……ずっと……」 「私もだっ!アリシア!」 空を切った手を握り締め、リーガルが叫ぶ。 アリシアは微笑み、ガックリと肩を落としてくず折れる。 リーガルは慌ててその体をすくい起こすが既にあの懐かしい感覚はなく、アリシアが完全にいなくなった事を肌で感じる。 「アリシア……いってしまいましたね……」 顔を上げたアリシア、ではないプレセアが呟く。 「そうだな……今度こそ本当の眠りについたのだろう……」 リーガルは窓の外を眺める。 アルタミラの明るい夜や人々の喧騒は、先ほどまでと何一つ変わってはいない。 「リーガルさんの言葉に……アリシアは喜んでいました。きっともう」 プレセアは一人で立ち上がりながら、リーガルにそう声をかける。 「うむ……もう思い残した事はないのだろうな……」 アリシアは、たった一度の抱擁で気持ちに区切りをつけた。 では私は? リーガルは、空っぽの手をじっと見つめる。 遠くで、ゼロスやロイドの騒ぎ声が聞こえたような気がした。 「リーガルさん、大丈夫ですか?」 プレセアが尋ねる。 「……ああ、もう大丈夫だ」 そうだ。 私のなすべき事は決まっている。 リーガルは再び手枷をつける。 アリシアのような被害者を出さないため、クルシスを倒す。 それに何の迷いがあろうか? ゆるぎない決意を秘め、リーガルは夜空を一望する。 それに合わせるように、一つの星が瞬き、闇へと姿を消した……。 |