忍法一番勝負



「炸力符!」
ゴウンッ!
「くっ!」
うめき声と共にくちなわが片膝をつく。
片手で押さえた脾腹から、ドロリと血が溢れだしている。
「勝負あったね、くちなわ」
しいなが、大きく肩で息をつきながら宣言する。
彼女もまた、衣服のあちこちに血が滲んでいる。が、どれもかすり傷程度でしかない。
二人の死闘ここに決したかというその時、何故かくちなわが口の端をつり上げる。
笑っているのだ。
「な、何がおかしいんだい!」
くちなわの笑いに不吉なものを感じ、一歩二歩と距離をとるしいな。
と、一瞬その視界が紅い霞に包まれる!
「なっ!?」
「くっくっ、勝負あっただと?」
しいなが警戒の声を上げて大きく後ずさると、くちなわはヨロヨロと立ち上がる。
「忍びの勝負が決するのは命果つる時のみよ!」
叫び、胸の前でなにかしらの印を組み集中し始める。
一体いかなる道理か?
くちなわが念を凝らすとともに人間大の紅い霞の塊が彼を中心に湧き出し、しいなへ向かって意思あるもののように流れてゆく。
「これぞ忍法・狂い霞!」
くちなわの声に反応したか、あとからあとから湧き出す紅い霞は速度を上げ触手を伸ばししいなを絡めとろうとする。
慌てて飛び退くしいなを執拗に追い回し、ついにはその体全体が霞に包まれる。
「くっ、このっ!」
しいなは必死で振り払おうと暴れるが相手は霞。
腕を振り体を曲げても、わずかな瞬間離れるだけですぐにまたまとわりつく。
しかもどういう訳かその紅い霞の触れる場所、異様な粘質感を伴う生暖かさに襲われる。
皮膚に纏わりつき、ぬめるような質感が肌の中に浸透してくる錯覚にとらわれる。
その微妙な生暖かさをいつしか心地良く感じている自分に気付き、激しい嫌悪を覚えるしいな。
「お前達が児戯に等しい忍法にかまけている間、俺はラーセオン渓谷に隠れ住む魔人の如き忍法者達相手に死にも勝る修行を積んだのだ!見よ、この人外の術を!」
よくよく目を凝らせば、霞がくちなわの脾腹から湧いているのが見える。
なんということか!
斬りつけられた脾腹から、傷口から溢れる血が霞となってしいなを襲っているのだ!
「しいな!」
みかねたか、立会人としてその場にいたロイドがしいなへと駆け出す。
が、彼女に近づき紅い霞に触れた途端!
「うわあぁぁ!?」
ロイドは声を上げ飛び退く。
霞に触れた箇所からはブスブスと煙があがっている。
「こ、これは……?」
「笑止!我が血霞は男が触れればその身を焼く炎と化し、女が触れればその身を蕩かす魔の霧と化す!死にたくなくば大人しくしているのだな!」
同時に、血霞が大きく拡がり辺り一面を覆い尽くす!
血霞から逃れるため、やむなく川べりまで退くロイド。
「さて」
辺りを覆う血霞を確認し、脾腹の傷を止血し始めるくちなわ。
一方しいなはといえば。
一段と粘性を増した血霞が全身を舐めまわすように体を這い、穴という穴を責めたてられ身悶えていた。
実体のない霞が繊細な舌先の如く皮膚を這い、閉ざした口を、無骨な指でそうするかのように無理矢理こじ開け内部を弄び、焦らすように秘所を弄る。
はたしてそれは現実なのか幻覚なのか?
いずれにせよ凄まじい嫌悪を感じるが故に、逆に体が過敏に反応してしまう。
手で押さえ身をよじっても霞の責め手を防ぐ事かなわず。
ガクガクと痙攣のように震え出しそうな体を抑えていたが、ついには地にへたり込んでしまう。
胸と秘所とを押さえた手がジンと熱く思え、知らずその指先が蠢く。
血霞が頭に染み入ったかのように目の前と思考がボンヤリと霞みだし、口の中に甘い唾液が溜まりだす。
「そろそろ箍が外れて色に狂ってもいい頃合だが……そうか!お前は確か処女だったな」
止血を終えたくちなわは、今なお血霞に耐えるしいなへと近づく。
「まだ男を知らない体ゆえ耐えられているようだが、身の内が火照って苦しいだろう?」
言って、しいなの胸を鷲掴む。
「いひぃいっ!」
言葉にならない声をあげ、しいなが体を反らせる。
瘧のように体を震わせ、口の端から唾液が垂れこぼれる。
「ふん。この血霞ある限り、いくら達してもその責め苦からは逃れられん」
くちなわの言うとおり、一度達したしいなはなおも苦しそうに喘ぎ身をよじっている。
「楽には死なせんぞ。我が恨み晴れるまで、いや狂い死ぬまで犯し続けてやる、はぁっはっはっ!」
「魔神剣!」
ザシュッ!
「ぐあっ!?」
しいなに向かい完全に油断していたくちなわに、ロイドの放った衝撃波が直撃する。
「大丈夫か、しいな!」
剣を構え、今にも霞の中へ駆け出しそうな勢いで声をかけるロイド。
「ぐ、くう……遊びが過ぎたか……」
おびただしい量の出血に、膝をつくくちなわ。
その足元にみるみる血だまりが広がる。
「これは、退くしかないか……だがその前に!」
忍刀阿修羅を抜き払い、しいなへ斬りかかろうとするくちなわ。
「させるかっ!」
霞が炎と化し身を焼くのも厭わず、駆け出すロイド。
「鳳凰天駆!」
ゾブッ!
炎を身に纏ったまま空中へ飛び上がり、急降下攻撃でくちなわを一気に貫く!
チリン
コリンの鈴が、場違いに清い音を立てて地に落ちる。
「ぐぅおおっ!」
身を貫く剣をその体から強引に引き抜き、忍刀を投げつけるくちなわ。
ロイドがそれを防いだ間に煙り玉を使い、くちなわの姿がその煙の中に掻き消える!
『次にあう時……しいな共々必ず殺してくれる……!憶えていろ……』
どこからともなく響くくちなわの声が消えると同時に辺りを覆っていた血霞が立ち消え、責め苦から開放されたしいながドウ、と地に倒れ伏す。
落ちているコリンの鈴と忍刀阿修羅を拾い、彼女を小船に横たわらせる。
「くちなわ……恐ろしい奴だな……」
小船を漕ぎ出しながら、今後も自分達を付け狙う敵の名をその胸にしかと刻みつけるロイドであった……



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