ハロウィンにはカボチャを飾って



日も暮れ始めた10月31日。
津名川邸は、いつにも増して賑やかな時が刻まれようとしていた……。

「ん、上出来かな」
鏡の前で一回転し、うなずくエマ。
全身をスッポリ包む黒マントの下に、純白のカッターシャツとこれまた真っ黒なズボン。
フワリと浮き上がったマントの裏地は血のような赤。
可愛い吸血鬼は鏡の中の自分に納得し、当面の問題の方を振り返る。
「ほら!いい加減にしないとエレンさん達が来ちゃうよ!」
言いながら、飾り気の少ない真っ黒なワンピースタイプドレスを身にまとった透花が走り回り、それに合わせて頭に被ったとんがり帽子の鍔がヒラヒラ揺れる。
もちろん、問題なのは小さな魔女に扮した透花ではなく。
「や〜なの〜」
体のラインが一目でわかるほどピッタリした濃紺のミニドレス姿で、ぬいぐるみや小物を撒き散らして透花から逃げ回っている沙友の方である。
彼女がイタズラをする度に、背中の蝙蝠型の羽も一緒になって暴れている。
扮装通りの小悪魔と化して、部屋中を散らかしてまわっているのだ。
「これじゃ料理の準備が出来ないよ……」
「とりーくおあとりとー」
お菓子をあげる間もなく、イタズラしてまわる沙友。
壁の飾り付けがずらされ、彼女の部屋から連れ出されてきたぬいぐるみ達でみるみる床が埋め尽くされ。
「イタズラしてたらお菓子もらえないよ!」
エマの一声にピタリと止まる沙友。
「うう〜」
不満そうな声を上げながらも、やっとぬいぐるみを撤収し始める。
「まったく、沙友ったら……」
「けど、きっと嬉しくてはしゃいでるだけだし。しょうがないよ」
心底しょうがなさそうにキッチンへと向かう透花。
「あ、私も手伝おうか?」
どこか背中の煤けた感じのする透花に、エマがそう声をかけて後ろに続こうとすると。
ピンポーン、ピンポーン
「もう誰か来ちゃったね……」
「うん……わたし、急いで料理するね……お客さんの方、お願い……」
トボトボとキッチンへ消える透花。
エマは仕方なく玄関へと向かう。

「はーい、今開けまーす」
ガチャリと開いたドアの前には。
「あ、荒山さん……」
今日のハロウィンパーティに招待していない筈の荒山鳥人が仁王立ちしていた。
「こ、こんばんわ……」
「トリック オア トリート」
唐突に、おおよそ彼の口から出そうもない言葉が発せられる。
口元が引き攣れるのを実感するエマ。
「お菓子をくれないとイタズラするぞ」
表情というものを一切動かさず、冷淡な口調で言い放つ荒山。
何故ここにいるのか?
大人が子供にそれを言うか?
そんな諸々の疑問を完全に封じ込む、完璧なまでの無表情。
「…………」
長い、永久とも思える時間が過ぎ。
「冗談だ。邪魔するぞ」
絶対冗談じゃなさそうな口調でそう言い、ズカズカと部屋の中へ入る荒山。
「あー、あらやまさんだー」
荒山を見つけ、ぬいぐるみ片手に近寄ってくる沙友。
「とりーくおあとりとー」
満面の笑みで手を差し出す。
「ふん。ハッピーハロウィン」
荒山は大儀そうに言って、ポケットから取り出したお菓子を沙友の手にのせてやる。
「うわー、きれーです」
沙友が色とりどりのキャンディコーンに目を輝かせている間に、呆然と立ち尽くしているエマにもお菓子を手渡す荒山。
「お待たせしましたー、まだサラダくらいしか用意できてないんですけど」
大量のサラダの入った大きなボールを抱え、透花がキッチンから挨拶をしに姿を現す。
「料理の準備はまだ、か」
腕組みをし、部屋を一瞥しながら答える荒山。
「え?……荒山さん!?」
予期していない客に、思わず声をあげる透花。
楽しそうにキャンディコーンを頬張る沙友をよそに、エマと透花の緊張が高まる。
そう、あのクリスマスの一件が脳裏をよぎっているのだ。
「部屋はそれなりに装飾してあるな。それに扮装しているのも高評価だ。クリスマスの時とは大違いといえるだろう……だが!!」
不意に、荒山の目が怪しく光り、背後にゴゴゴゴゴゴゴという書き文字が乱れ飛ぶ!
「ジャックオーランタンも飾らずにハロウィンを祝おうとは笑止!」
言って、懐からカボチャを取り出し、手刀で目と口を刻み込む!
「キッチンは空いているか!?」
「え?あ、はい」
勢いこんで言う荒山につられて答えたのが運の尽き。
迷う事無くキッチンへと姿を消す彼を、完全に飲まれた状態で追っていく2人。
彼女達が追いついた時には、彼は機械の如き精密さでカボチャの中身をくり取り皿へあけていた。
「ジャックオーランタンを作る際、中身はパンプキンケーキなどに利用するのが一般的!」
カボチャをレンジで加熱しだし、ついでと言わんばかりに下味をつけてあったチキンをオーブンに放り込む。
続いてボールに卵白と砂糖をいれ、熟練の手つきで泡立て始める荒山!
「あ、あの……荒山さん?」
「ふん、お前達はそこで見ているがいい。これが空間を捉えるという事だ!」
所狭しとキッチン内を移動し、次々に調理を開始する荒山。
パスタ用に湯を沸かし始め、温まったカボチャを裏ごしし、クラッカーにチーズやオイルサーディンを盛り付ける!
「これは……料理してくれるって事、なのかな?」
「んー……そうかも……」
ピンポーン、ピンポーン
二人がヒソヒソ相談していると、またしても呼び鈴が鳴る。
「……」
二人は顔を見合わせ、カボチャにグラニュー糖と無塩バターを加えて混ぜ始める荒山を置いていく事にした。

「はい〜いまあけるです」
二人が玄関につくと、ちょうど沙友がドアを開ける所であった。
ガチャ
「透花ちゃんー!愛してるよーっ!」
「こんばんわ」
「ひーほー」
「ひーほー」
なにやら怪しげなDVDを抱えた上代が一番に姿を見せ、続いてエレンと、くだんのジャックオーランタンに扮装した知佳と知登が現れる。
「こんばんわ、みんな」
最後に姿を現したのは品藤で、奇妙なものをいくつか手にしている。
「こんばんわ。みなさんご一緒に来られたんですか?」
「いいえ、ちょうどこの前で一緒になっただけよ」
透花の問いにそっけなく答え、手にしていた袋を渡すエレン。
それが有名な洋菓子メーカーの包装なのをみて、密かに胸をなで下ろすエマ。
何故ならば。
「透花ちゃんその魔女の衣装すごく可愛いねー!はい、これ」
言いながら、手にしていたブツを手渡す上代。
「透花ちゃんには『ハロウィン』のDVD、エマちゃんには『ザ・フォッグ』、沙友ちゃんには『ゼイリブ』ね」
「ありがとうございます……けどあんまり嬉しくないような……」
「あれ、知らない?ハロウィンにはちょっと怖い映画をみんなで一緒にみたりするんだよ」
申し訳程度のお菓子を沿えたDVDを手渡し、透花を撫で回す上代。
「私もお菓子、持ってきたわよ」
品藤も、手にした珍妙な菓子類を配ろうとする。
「とりくぅおあとりーとです〜」
「ふふ、沙友ちゃんも可愛いわね。はい、ハッピーハロウィン」
細長いねじれたチューブに入った、どぎつい色のゼリーを渡す品藤。
更に彼女は、練れば練るほど色の変わる菓子やタバコの形をした粉っぽいラムネ菓子といった、かなりハイセンスなブツを配ってまわる。
(不味そう……)
(いらない……)
「あ、ありがとう……」
知佳と知登が小さく呟き、エマがなんとかお礼をいう。
「と、とにかく……こんな入り口じゃなく中へどうぞ」
上代にもみくちゃにされながら、なんとかそれだけは言えた透花であった……。

「へー、すごいねー。こんなに料理したんだ」
「本当。大したものね」
(おいしそう……)
(お腹減った……)
「すごいーです」
テーブルの上に用意された無数の料理を目にし、沙友達も驚きの声をあげる。
ジャックオーランタンの中には蝋燭が灯り、見事なパンプキンケーキも並んでいる。
ただ、そこに荒山の姿はなかった。
「荒山さん、どこにいったのかな」
「うん。ちゃんとお礼言わないとね」
二人が話しているとガチャ、と玄関のドアの開く音がし、
「やあ、ごめんごめん。もう皆集まってるみたいだね」
「ほう、これはこれは」
「美女ぞろいでたまんないっすね」
「またしても盛大に私を祝ってくれるとは、責任重大だな」
津名川や筒井、倉見とグラハムがゾロゾロと入ってくる。
「せんせーおかえりなさいー」
「お帰りなさい、そーじさん。あと倉見さんと筒井さんと」
「グラハムさん、やっぱり……」
沙友とエマが声をあげ、透花がボソリという。
「さあ。みんな集まったようだしパーティを始めようか」
津名川が、沙友・エマ・透花を自分の前に抱き寄せ、エレンも知佳と知登を自分の前に立たせる。
めいめいグラスを片手に、小さな彼女達を注視する。
「あ、なんか照れるかも」
エマが恥ずかしそうに言う。
「みんな、今日は君達の姿をみる為に集まったようなものだからね。それじゃ、ハッピーハロウィン!」
津名川の言葉にあわせ、全員が声を揃える。
『ハッピーハロウィン!!』
そして、楽しい夜が更け始める。

「ふん。俺も本当はそれを見たかったのさ」
いつの間にか姿を消していた荒山が家の前でそう呟き、夜の闇へと溶け消えていった……。



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