4月23日・20:30、尚敬高校男子トイレ。 大柄な男が一人、鏡の前でポーズをつけていた。 若宮戦士だ。 幻獣側の進攻は途絶えて久しく、小競り合い程度の出動が五日前にあったきりである。 この戦争のために造りだされた彼はこんな戦局でも鍛錬を怠ることはなく、またその肉体美を磨かない日はなかった。 「はっ!ふんっ!」 鏡の前で、彼はいくつものポーズをとる。 どのポーズならどこの筋肉が強調されるのか、どの角度が一番栄えるのか。全体的なムサさを軽減するためのアルカイックスマイルも忘れてはいない。 「!?」 突然彼は人の気配を感じて入り口のほうを見る。 一流の戦士に気取られずに接近してきたのは、同じく一流の戦士である来須戦士であった。 来須は無言で若宮の横に立ち、おもむろに帽子を脱ぎ捨てて軽く腕を組んでみせる。 「くっ!」 それに反応するかのように、若宮はことさら大胸筋を誇示する。 「……ふ」 それを見て、来須は組んだままの腕を頭上やや後方へと持ち上げる。 一見、二人仲良く一緒に魅力の訓練をしているように見える。 が、来須はファッションのトレードマークである帽子を脱いでいる。 そう。これは肉体美を極めんとする二人の静かな、しかし熱い闘いなのだ! そして今、若宮は追い込まれていた。 来須のポーズは服装とあいまって、強調されつつも清水のごとく澄んだ美しさがあった。 「仕方がありませんな」 若宮はそういうと上半身裸になる! その緊張した筋肉は見る者全ての目に焼きつき、強靭な拳はヘカトンケイレスをも屈服させんと力強く構えられている! 幾多の死線を越えてきた戦士のみが出せるそれは力の肉体美である。 「……」 来須は鋭い視線を若宮に向ける。彼をして、その姿に少なからぬ脅威を感じたのである。 若宮の脳裏に勝利の二文字が浮かぶ。事実、来須はポーズをつけたまま背を向ける。 若宮が勝利の美酒に酔わんとした時、それは起こった。 この世に2つとてない美しさ。 あろう事か、来須はポーズを崩さないまま腰をひねり、魅惑的な大臀筋を向けたまま若宮のほうを振り返ったのだ! 嗚呼、肩が、腹部が、背部が、臀部が! 筋肉と体の一部品達が織り成す美のハーモニー!! アルティメット。 そこには確かに美の化身がいた。 言葉すらなく地に伏す若宮。ナルキッソスですら感嘆するであろうその姿を前に、一体誰が美を競えるというのか。 天に唾するに等しき自らの行為に呪詛をはく若宮の肩に、そっと手が添えられる。 はっと顔をあげる若宮の目に、たった今までの闘いの記憶を洗い流すかのような来須の微笑がうつった。 ある、平和な夜のことであった…… |