ミノタウロスの挽歌



彼は落胆していた。
眼前の敵が想像よりもずっと弱かったからだ。
戦場でその姿を見つけたとき彼は驚喜した。こんなにも早く再戦できるとは、と。
それは彼・ミノタウロスと同じ位に巨大な人型の兵器だった。
以前彼と死闘を演じた相手と違うのは、背中に箱を背負っていない事くらいだ。
そいつは刀を二本構えて彼の前に立つ。
わずか数合。
今、そいつは地に伏していた。すぐにでもパイロットが脱出するだろう。
そこいらの戦車やヘリよりははるかに手強い。太刀筋も悪くはなかった。
だが、奴とは違う。
彼は思った。
右から斬撃がくる、と思えば右から斬撃がきた。ここ、と思った時には一撃を叩きこめた。
奴と戦った時のような奇妙な感覚、まるで行動を先読みされているような感覚はなかった。
むしろ彼のほうが行動予測をしているようであった。
と、突然無数の銃弾が彼を襲う。距離も遠く照準も甘いものであった。
ほぼ同時に、地に伏していた機体からパイロットが脱出する。
だが彼の目は銃撃を浴びせてきた相手の方向しか捉えていなかった。
今倒した機体と全くの同型機。そして同じ方向の更に離れたところには、奴。
彼は吠えた。
再会の喜びと、死闘の幕開けを告げるために。
彼が走り出すと同時に他の幻獣たちも前進を始める。
先走ったゴブリンリーダーが凶弾に斃れ、彼より前方にいたミノタウロスが手前の一体と対峙する。
お陰で何の障害もなく、彼は奴の前に立つ事が出来た。
奴は既に銃を捨てており、以前と同じ刀一本を構えていた。
キメラの砲撃が、敵の銃弾が飛び交う。
以前とは違って完全な混戦状態。
彼は勢いをつけて殴りかかる。
その一撃をしゃがんでかわし、生物としか思えない動きで距離をとるソレ。
明らかに他の兵器、同型の機体すら凌ぐ動き。
彼は喜んだ。
戦いとはやはりこうでなければ。
やや離れた所からの斬撃を一歩ひいて避けつつ、彼は考える。素手のこちらに対し、相手は刀。破壊力はともかくリーチで不利が目立つ。
彼は一歩踏み込んで大振りの一撃を放つ。
ソレはそれを躱すが、隙だらけに見える彼に手を出さずに間合いをとる。
見え透いた誘いにはのってこないか。ならば!
彼は強引に間合いをつめ、ワンツーパンチを繰り出す。
それは当然のように身を引いてそれを躱わす。彼はそれを予測し、倒れ掛かるように肩からぶつかる。
直撃ではないものの、身をひいていたソレは体勢を崩した。
すぐに彼はのばした腕を大きく振りおろす。ソレは上方から叩きつけられ膝をついて崩れる。
とれる!
彼は確信し、振りおろした腕を、肩を入れ込みつつ突き出す!
その一撃はソレの胴へ突き進み、寸前でソレの片手に捌かれる!
彼は信じられなかった。自分の渾身の一撃が避けられるならまだしも、あんな細腕に捌かれるとは!
しかもその腕をふり払う事ができない!力を込めれば痛みが走る。
逆手をとられているのだが、残念ながら彼にそんな知識はなかった。
彼の動きを封じたソレは片手で刀をふるう。
ゾッ
腰ののっていない斬撃。あと数回斬られた所で致命的なダメージには至らないだろう。
そう判断し、彼は賭けにでた。
ソレが刀を右上に引く。
違う。
ガッ
腕で防ぐ。
ソレは弾かれた刀を空中で切り返し、彼の胴を薙ぐ。
駄目だ、浅い。
彼は頭を守るように腕を上げる。
正眼に構えていた刀の切っ先が下がる。
今だ!
胴を薙ぎにきた刀の腹へ腕を振りおろす!
ギンッ
刀が半ばから折れ、ソレはすぐさま跳び退る。
やっと動けるか。
彼は、捉えらていた腕を軽く動かす。腹部には折れた切っ先が食い込んでいた。
刃を抜き取って下に捨てる。
時間はかけられないな。
彼は思う。
傷は深かった。
ソレは折れた刀を後生大事に握っている。
彼は拳を構えた。
ソレも折れた刀を構える。
爆音も怒号も彼らの耳には届いていない。
威力の死んだ流れ弾が彼に当たって軽い音をたてる。
ソレが動いた。
間合いを詰め、折れた刀を投げつける!
最後のあがきか。
頭めがけてとんできた刀を片手で払い、一撃を繰り出す。
ソレは彼の懐に入ってその一撃をよける。
同時に腹部に激痛が走る。
ソレが退く。
確認してみると、先程の折れた切っ先が彼の腹に深々と刺さっていた。
何故?
彼の想いが伝わったのだろうか。
ソレは落ちている刀に近付き、ヒョイっと足で拾いあげて見せる。
何ともいえない初めての感覚を覚える。
彼は背中からドウ、と倒れた。。
そんな真似ができたとは。知らなかったな。
上空を見ると、大型の飛行機から何か投下されるのが見える。
ああ、これは知っている。
彼は落ちてくる物をぼんやり眺める。
航空支援とかいうやつだ。
彼はチラとソレを見る。
すぐそばで折れた刀を持ったまま、ソレは立っていた。
負けた以上アレコレ言えるものではないが、せめて……。
彼は思う。
ソレはゆっくりと彼に近付き折れた刀を構える。
またしても彼の思いが伝わったのだろうか。
彼は満足して目を瞑る。
いい日だ。
ゾブッ
冷たい刃の感触を首に感じる。
彼の意識はゆっくりと拡散を始めた……



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