「速水機、キメラを撃破!」 「なんとか終わりましたね……」 指揮車内で善行がため息をつく。 幻獣十二体・内六体はヒトウバン及びゴブリンリーダー。ミノタウロス・スキュラは0。 にもかかわらず滝川機は大破。壬生屋機も損傷が激しく、整備を急いでも丸一日以上は使い物になりそうにない。 スカウト両名も撤退する滝川を援護中に負傷。 事実上、速水・芝村の操る士魂号複座型の立ち回りに助けられた形である。 「さすがにこのままではいけませんね」 善行が眼鏡をクイとあげる。その奥に、いかなる事をもいとわない光をたたえながら。 事後処理をおこなうでもなく整備を手伝うでもなく、原素子はただ座っていた。 もちろん他の整備士は整備の真っ最中である。 もちろん彼女とて名目上は仕事中である。だが、各個人の仕事成果を見れば真偽を問うまでもない。 が、今日に限っては理由があった。それは善行からの呼び出しである。 「どうしても伝えたい話があります。他言できることではないので後で隊長室へ来ていただけますか?人払いを終えたら若宮戦士に伝言を頼みますから」 芳しくない戦局下での話。 善行が二人きりでしたい話。 どう転んだとしても彼女の心をかき乱すにたる要因である。 若宮がハンガー姿を現したと同時に彼女がハンガーの入り口へ走りだしたのも当然といえよう。 結論を言うと彼女の想像は両方とも的をえていた。 現状に置ける整備士の技能向上の必要性、今後の小隊運営の方針の相談、そして…… 「あいかわらずね」 上着に袖を通す善行に、原が胸元に衣類を抱えたまま声をかける。 「ええ。あいかわらず忙しい身なものでしてね」 「もう少し女心を理解できないのかしら。ま、いいわ。今日のところは、ね」 彼女は善行を強引に抱き寄せる。 たっぷり二分ほどたって、彼女はその唇ごと善行からはなれる。 「さ、それじゃ仕事に戻るわね。委員長さん」 「ええ、そうしてください。副委員長」 原は軽く彼をにらみ、手早く衣類を身に着けて足早に隊長室をでた。 「ああ、そういえば異動のことを伝え忘れていましたね。と言ってももう聞こえていないでしょうが」 善行は静かに笑う。 と、すぐ隊長室に若宮が入ってくる。 「よろしいのですか?」 若宮は善行の目をじっと見つめる。 「……現状ではこれが最善の策です。もっとも一度だけしか使えませんがね。その為に戦区を移す手配もしたんです。もう後へは引けません」 善行は若宮を見つめ返す。 「……こちらも予定通り進行しています。まあ、彼女の場合はもともとああですから」 しばらく黙り込む若宮。やがて意を決したように善行に向き合う。 「しかしこれは下手をすれば……」 「その時は芝村の末姫や速水百翼長あたりが後任につくでしょう」 善行は話を区切るように手を振り、穏やかな笑みを浮かべる。 それは何を気負うでもない、達観したものの笑みであった。 翌日。 原素子が2番機パイロット、代わって茜大介が整備班班長へ移動。 引継ぎ作業・整備調整の為、ほとんどの整備士は自主休校ハンガーへ集まっていた。 そして原は自分に合わせて2番機の装備を変更していた。と、新井木がそのそばへと走ってくる。 「あら、どうしたの?」 「ええっと、どうしても原さんに言っておいたほうがいいと思ってきたんですけど」 「なにかしら?」 「ぼく、昨日見ちゃったんです」 「!?」 一瞬で原の顔が真っ赤になる。が、新井木は気にもとめず話を続ける。 「真紀ちゃんと善行さんが2人っきりで校舎の屋上にいたんです。それもなんだかラブラブな曲が聞こえてきそうな雰囲気で」 ピシッ ハンガー2階の気温が下がったような気がする。 「しかも、その後で田代さんと善行さんがまた2人っきりで倉庫に入っていったんですよぉ」 ギャゥゥゥンと鳴り出しそうな位気まずい雰囲気があたりをつつむ。 しかし、原が何らかの行動を起こすよりも早く召集のアナウンスが鳴り響く。 一気にハンガー内が騒然とし、茜の指示のもと出撃準備が進む。 やむなく原もウォードレスの着用へとかかり始めた…… 「原機、ミノタウロスを撃破!」 「速水機は後方より原機の援護をお願いします!若宮戦士、戦況報告を!」 「数はまだいますがほとんど雑魚ばかりです」 「よろしい。両スカウトも進攻、できる限り小物を払ってあげてください」 戦闘は続いているものの、小隊内に安堵のため息が起こる。 敵はミノタウロスを中心にスキュラをも交えた強大な戦力だったが、既に無力化に成功している。 「原機、ゴルゴーンを撃破!」 「敵は撤退を始めました!」 善行は指揮車内のモニターを眺める。 そこにはすさまじい勢いでダッシュしては超硬度大太刀で幻獣を突き刺す2番機の姿があった。 「作戦は一応成功、ですね」 善行はモニター内の2番機を見つめ、原の怒りが醒めるまで幻獣の戦線がもつ事を一心に願った。 |