いつもよりも遅く校門をくぐる。そこまではごく普通の日常である。 そして、速水の日常はそこで終わった。 「呑気なものだな、速水厚志。こんな日に重役出勤か?」 噴水の陰から一人の男が姿を現す。その外見は、速水そのものであった。 「き、君は……!?」 「俺か?速水厚志さ。強いていうなら『悪意の速水B』ってとこか。ふふっ」 驚く速水に『速水』が答える。 「……OVERSか……」 「さすが俺、のみこみが早いな。そのとおり。理由はわからないがOVERSは俺達を分離させたらしい」 「一体何故!?」 「さてね。それより早く教室に向かった方がいいんじゃないのか?たいした混乱振りだぞ」 『速水』が校舎の方を指差す。言われてみればいつもよりも騒がしいようだ。 「まさか僕達以外の人も分離を!?」 「ふ。自分の目で確かめるといい。……1ついい事を教えてやる。どうやら俺達は触れるだけで同化できるようだ」 言って速水の姿が消える。 「せいぜいがんばるがいい。アレは俺もいただけないからな……」 『速水』の声だけが響く。 気配が完全に消えたのを確認し、速水は教室の方へと走り出す。自分の目で状況を確認するために。 「な、な、な……!?」 状況は速水が予想していたよりもはるかに悪かった。 OVERSによって分離されたすさまじい数の人・人・人!その全てが速水厚志だったのだ! 「さあ、ご一緒に!」 「イイ、スゴクイィ!」 岩田と一緒に踊る『お笑いの速水C』がいた。 「何すんねん!それはウチのお金や!」 「いいや、僕が先に見つけたんだ!」 落ちている小銭を加藤ととりあう『守銭奴の速水D』もいた。 瀬戸口に抱きつかれてその気になっている『ボーイズラブな速水E』も、 「ふ、不潔ですっ!」 「不潔だよっ!」 壬生屋と一緒に叫ぶ『潔癖症の速水F』もいた。 速水は、目についた『速水』にかたっぱしから触れてまわる。 『速水』達は一瞬で姿を消していった。 「くっ!」 同時に、速水の中で起こる普段意識したことのない感情。 ああ、みんなを笑わせたい。どうやって金儲けしようか。などなど。 どうやら速水は何らかの『速水A』だったらしい。 同化した『速水』の属性が付加され、現状ではその割合が高いために強く影響されているのだ。 「これは……さっさと全員同化しないと……」 かなりのオモシロ人間になるな。 言葉の後半をのみこみ、速水は残りの『速水』を探し始めた。 ののみと日向ぼっこしていた『ポヤヤンな速水K』と同化した時点で昼時になる。 ハッと気付いた速水は調理室に急ぎ、若宮と一緒にいた『弁当三人前の速水L』と同化した。 田代と喧嘩していた『ステゴロの速水P』と同化した瞬間はすさまじい痛みが全身をかけぬけた。 逃げまわる『うわさ好きの速水U』と校門前で同化した時、既に辺りは暗くなっていた。 「大体終わったようだな……」 突然声が響く。 「うん、そうみたいだね」 速水は動じずに答える。 『悪意の速水B』が姿を現す。 「さ、それじゃあ同化しようか?」 速水は気軽に手をさし出す。 「何故?俺は『悪意』だぞ。『善意』と同化する理由なんかないな」 「僕は『善意』なんかじゃない。きっと『上べの速水』だよ。そして、おそらく君こそが『本来の僕』……」 「……」 速水の言葉を静かに聞く『速水』。 「今日僕が同化してまわったのは、ここに来てから生まれた『僕』達。小隊のみんなからもらった『速水』達」 『速水』へと近付く速水。 「あとは君が同化すれば、本当の『速水厚志』の出来あがりって訳だね」 「まったく……とんだ甘ちゃんだ」 『速水』は速水の手をとる。 「俺が一緒じゃないと不安でしょうがないぜ」 言い残し、『速水』の姿が消える。 「……ふう。さすがに今日は疲れたな……」速水は家路につく。 心なしかその顔立ちは精悍で、より深みがましているように見えた…… 一方その頃。 「私の事をどう思う?」 「もちろん、かわいいに決まってるじゃないか」 「ふふ、お前は正直なやつだな」 「それだけ舞のことを愛しているのさ」 『ラブラブな速水V』が舞にお持ち帰りされていたという…… |