瀬戸口は走っていた。小隊内では見せた事のないすさまじい形相で走っていた。 こいつは全て俺の責任だ。 ののみが滝川について行ったと聞いた時、彼は目の前が暗くなった。 何故、あの時気が付かなかったんだろう? 今朝、芝村がネコのコスプレをしていた時に。 「ののみもネコさんのかっこしたいなぁ、めー?えへへ」 と、かわいい恋人が笑っていた時に。 すぐそばにいた、滝川や遠坂がののみを一瞬盗み見た時に。 滝川とののみは校門のほうへ向かったと芝村は言っていた。 おそらくは既に校外にでているだろう。 急がなければ。 校舎裏へさしかかる。校門の方を見るが誰もいない。 とにかく外へ出て足取りを探さないと。 校舎裏を一気に駆け抜けようとしたその時、それは飛んできた。 とっさに踏みとどまる瀬戸口。すぐそばをかすめ飛んだのは……靴下! 「あんたに恨みはないが……」 木陰から姿を現す幅の広い男。 「タァイガァの頼みですからね」 その横に並ぶ痩身の男。 「悪いがここから先は行かせん。ソックスバトラーの名にかけて!」 「そして私がソックスバット。ククク。ハハハハハハッ」 言って靴下を構える2人。 「中村と岩田!?クッ、やるしかないのか?」 中村が伝説の一年靴下を手にとびかかる! 難なくそれをかわした瀬戸口の肩に靴下がフワリと舞いおちる。岩田が放ったものだ。 「くぅっ!」 すぐさま靴下をふり落すが、その際その殺人的な臭いを一息吸ってしまう。それでも、続く中村の連撃をかわしたのはさすがであった。 「どうも……こういうのは性にあわないねぇ」 息があがったのか膝をつく瀬戸口。 むろん中村がそれを見逃す筈がない。 「これで終わりだっ!」 ガッキィィンッ 右陰刀の構えからの必殺の一撃は、しかし瀬戸口にはとどかなかった。 先程の振り落としたはずの靴下で一年靴下をうけとめる瀬戸口。 膝をついたのは靴下を拾う為、そして中村を誘う為だったのだ。 「バカなっ!?」 動揺する中村の手から一年靴下をからめとり、岩田めがけて投げつける。 「ソーックスッ!!」 血を吐きながらもんどりうって倒れる岩田。 …… しばしの刻が流れ、先に動いたのは中村の方だった。 「……どうやら俺達の負けのようだな」 スッと木陰へと移動する中村。 「いい事を教えてやろう。東原は新市街にいる。せいぜい急ぐんだな。行くぞ、岩田!」 「フフフ、わかりました」 倒れていた岩田がスックと立ち上がる。 一陣の風。 瀬戸口が一瞬目を閉ざした間に2人の姿は消えていた。 一枚の靴下も残さず。 「新市街、か……」 心の中で中村に礼をいい、瀬戸口は再び走り出した。 「ここまで来た、という事はあの2人を倒したんですね」 遠坂が淡々と話す。 新市街・ちょうど裏マーケットへの入り口の前で、遠坂と瀬戸口は対峙していた。 「ですがもう手遅れです。彼女は既に着替えを始めています。そちらでね」 小さな路地の入り口に滝川が番兵のように立っている。その奥にののみがいるのだろう。 立っているのが滝川で良かったのかも知れない。彼ならば、たとえ目的が同じでも遠坂に加勢する事はないだろう。 そう考え、瀬戸口は遠坂だけに意識を集中する。 「どうしても邪魔する気かい?」 彼の目がわずかに赤く光る。 「邪魔をしているのはあなたの方でしょう。私は彼女の可能性を広げたいだけです。あなただって、可能性を狭めている人は嫌いでしょう?」 そういう遠坂の目が一瞬瀬戸口と同じように、いや、より禍禍しい赤色をたたえる。 一瞬。 常人では見切れないような速度で瀬戸口が動き、影が1つになる。 「バカなっ……!?」 一体何が起こったのか。遠坂はただ一言そう叫び、ゆっくりと地に伏した。 「ふうっ」 軽く息をつく瀬戸口。その瞳はすでに普段と変わらない。 あとは滝川か。楽なものだ、などと考えながら路地の方を向く。 と、血の海に倒れる滝川の姿が目にとびこむ。 「!?」 大量の血にまみれながらもその表情は『至福』と語っている。 間違いない。覗いたのだ。 「……!!」 よっぽどトドメをくれてやろうかと思ったが、この顔を見るとそんな気すら失せる。 なんにせよ悪(ロリコン)は消え失せたんだ。危機は去った。 瀬戸口はののみを迎えに路地へ入る。 だが彼は失念していた。遠坂が手遅れだと言っていた事を。 路地に入ってすぐののみと目が合う。 「ふええ……」 ののみはネコグローブをつけた両手を口元にあて、フルフルとイヤイヤをする。 それに合わせてネコミミが揺れ、首輪の鈴がなる。ぶかぶかの体操服も、ブルマに付けられたネコシッポも揺れる。彼女が一歩踏み出し、ネコスリッパがミャーと音を出す。 悪は滅び危機は去った。しかし、彼らのもくろみは達成されていたのだ。 即ち。 体操服を着た東原ののみにネコのコスプレをさせる。 その後、瀬戸口が地面に突っ伏したか、暴走したかは神のみぞ知る…… |